本と涙

 昼休みの職場近くの喫茶店。本を読みながら注文したクラブハウスサンドが来るのを待っている。

 いつもなら同僚とお弁当を囲んでいるところだけれど今日はその同僚が休み。そして今朝はお弁当を作れなかった。目を覚まして時計を見たらいつもより一時間近く針が進んでいた。

 一瞬状況が理解できなかったけれど次の瞬間起き上がり大急ぎで出勤の準備を始めた。何のことはない寝坊をしたのだ。久々の朝寝坊だった。幸い遅刻にはならなかったけれど弁当を作る余裕はなかった。

 寝坊の理由はこの本だ。夜中から読み始めて夢中になり夜更かしをしてしまった。

 普段わたしは本、特に小説の類を自分からは読まない。

 弟は反対に本を読む。昔から自他共に趣味が読書と認めるほどによく本を読んでいる。わたしは幼いころから部屋に閉じこもって読書をするよりも、外で友達と遊ぶことの方が好きだった。お転婆、とまではいかないまでも活動的な性格であったと思う。

 活動的な姉と少し内気で家の中でよく本を読む弟。よそさまの兄弟姉妹のことはあまり知らないけれど、幼いころのわたしは弟をよく泣かせていた。それでも破滅的に仲が悪くなったことはないのだから、あれも子供同士のじゃれ合いだったのだろうと今にすれば思う。

 弟は本を読んでいるときに時々感傷的になることがあった。何度かひとりで涙を流しているところに遭遇したことがあるけれど、あれは本当に気まずい。弟の方でもそれは同じようで、わたしに見られたことに気づくと顔を真っ赤にさせてそっぽを向いてしまう。

 ある時わたしは弟に、どうしてそんなに泣いているのか聞いてみた。すると弟はその問いに答えようとしてくれた。しかし、その時のわたしにはさっぱりわからなかった。

 その時の、弟の恥ずかしがるようなそれでいて不安そうな、それでも懸命な表情は今でも憶えている。

 それ以来弟は、わたしが読んでいる本や物語の感想を聞く度にそんな表情をしながら答えてくれる。

 

 さて、わたしはいつになく読書に没頭していた。これは友人が貸してくれた小説だ。

物語は佳境。主人公が謎の答えに辿り着きある人物と対峙する場面だ。

 不意に、これはよくないと思う。ページをめくることを止めようかと思うが手は止まらない。

 ああ、これはよくない。目に何かが溢れてくる。読み進めようにも視界が滲んで文字が読めない。

 本を裏返してテーブルの上に置きハンカチで目をおさえる。私の努力も空しく、頬を冷たいものが伝っていく感覚を覚える。

 なんてことだ、と思いながら顔を上げるとレジ付近に立っていた男性と目が合ってしまった。

 見られた、と思った。慌てて顔を背けようとするがそれより早く男性は気まずい表情をしてそそくさと店を出て行ってしまった。

 たぶん今わたしの顔は真っ赤になっている。

 そこへ注文が届いた。店員さんはわたしの顔を見ると、注文のサンドイッチを置くなりすぐ下がっていった。わたしは何とか落ち着きを取り戻そうとそれにかぶりつき口に押し込みコーヒーで流し込む。

 一息つくとまず恥ずかしさが、その次にイライラがこみあげてきた。

 なんということだ、泣いているところを見られてしまった。しかもあんな奴なんかに。

 

 その男性は会社の同僚だった。わたしより二年先の入社、年齢は確か四歳くらい年上。配属されている係が違うので一緒に仕事をしたことはなく、言葉を交わすこともあまりない。

 年齢の割に童顔なところが可愛いと同僚や先輩が噂していたこともあったがわたしはどうも苦手だ。理由はその童顔や低い身長、腰の低さ、そして何より休憩時間中に夢中になって本を読んでいる姿などがどうしても自分の弟を連想させてしまい、幼いころに弟を泣かせていた記憶が思い出されてすごくばつが悪いような気持ちになってくる。苦手というよりは気になってしまうといった方がいいだろうか。

 そういう相手に、自分の泣いている姿を見られてしまった。これほど恥ずかしい思いをしたことはこれまでの人生の中でもなかっただろう。人生最大の失敗といってもいいかもしれない。

 ここまで考えてふと気づく。失敗とはどういうことだろうか。

 

 食事を終えて職場へ戻る。例の彼はというと、急ぎの仕事でもあるのか珍しく本も読まずにデスクへ向かい書類とパソコンを交互に睨んでいる。

 わたしのデスクへ向かうには彼の後ろを通らねばならない。何事もなかったかような顔を装いながら歩いていると顔を上げた彼に気づかれた。すると気まずそうに会釈をしてまた手元の書類に視線を戻してしまう。

 体の中で何かが沸騰してひとこと言ってやりたい衝動に駆られる。しかしなんとか気持ちを落ち着かせてデスクへ向かう。

 フロアにはわたしと彼以外にも数人の上司や同僚たちがいる。手持ち無沙汰にスマホをいじっている人や新聞を読んでいる人、仮眠をしている人もいる。みな一様に静かだ。

 彼は先ほどと同じくデスクで書類と格闘している。わたしは気まずい心もちでスマホをいじるふりをしながら彼の様子をうかがう。

 わたしたち二人のデスクはそれほど離れているわけではない。近寄ってきて「先ほどはどうされたのですか」などと聞かれたらどうしようか。その顔に一発お見舞いしてくれようか。それとも冷たい視線を向けて沈黙を強要させるか。

 そんなことを考えつつ早く昼休みが終わらないかと思っているとぞろぞろとフロアに人が戻ってきた。

 「今日は珍しくお弁当じゃなかったのね」「寝坊してしまって」などと他愛もない会話を先輩や同僚たちと交わしつつ午後の仕事の手順を頭の中で整理していく。しかしその片隅では昼休みのことを考えてしまう。

 さっきの出来事、何を失敗と思ったのか。それに思い返せば昔似たような気持になったことがある。それはいつのことだったろうか。

 

 先輩におつかいを頼まれる。古い資料が必要なので地下の書庫を探してきてほしいというのだ。

 エレベーターを降りて書庫を目指す。重い扉を開けるとあの古い紙特有の独特の匂いに体が包まれる。昔、友人に古書店に連れて行かされた時にも嗅いだことがある。不思議だ、本にあまりなじみのない私にも直感的に、懐かしいと感じさせる匂いだ。なぜだろうか。

 その匂いがきっかけとなったわけではないだろうが思い出す。昼休みの時と似たような気持ちになったことが確かにあった。

 あれは小学校のころだった。放課後の教室で連絡帳か何か書いているところを同じクラスの男子に見られたことがあった。恥ずかしくなったわたしはその男子に手を出して喧嘩になってしまった。喧嘩といっても小学生の幼い児童同士のことだ。それほどひどいことにはならなかったはずだが、二人で泣いているところを先生に見つかった。そのまま職員室に連れていかれこっぴどく怒られたことを憶えている。その時の気持ちと同じだ。たぶん。

 わたしもあまり成長していない。まあ、あの場で席を立って彼に駆け寄り手を出さなかったのだから、少しは慎みを身につけたようではあるが。しかし、比較対象が小学生のころとは我ながら情けない。さっきとは違った意味で恥ずかしくなってきた。これもあの男のせいだ。

 

 それから数日が経ち、読み終えた小説を友人に返すことになった。お互い仕事先が近いこともありせっかくだから昼休みに外でランチをしようということになった。

 食事をしながらお互い小説の感想や世間話をしていよいよデザートという時であった。

 「こうして読んだ本の感想とかを語り合うことって最近なかったのよね」

 彼女はかなりの読書家だ。いろんなジャンルの小説やエッセイなどを読んではわたしに貸してくれる。普段は本を読まないわたしだが、活字が嫌いというわけではないので貸してもらえれば読んでこうして感想を伝えあうぐらいのことはする。

 わたし自身は読書をあまりしないのにどうしてこういう関係が続いているのかと思う。おそらく「本を読んでいる人」に対して憧れのようなものを抱いているのからだと思う。それでも自分から進んで読もうと思わないあたり、どうも憧れ止まりになっている気がする。

 「そうか、彼氏はあまり本を読まない人だったね」

 「そうでもないわ。わたしが勧めれば読むの。けれど感想を聞くと、わからないっていうの。曰く『料理の美味い不味いはわかるけれど、どこがどう美味いとか不味いとかはわからない。それと同じだ』だって。」

 「ああ、すこしわかるような気がする」

 本を読んでいると、その本が自分にとって面白い面白くないとかはわかる。

 けれども、その本のどの部分がどう面白いのかどうして感動したのかということを言葉にして伝えるのは普段本を読まない人間にとってもうワンステップうえのことだ。そのステップを上がることを億劫がってしまうのはわたしには十分わかる。それにその言葉が上手く伝わるとは限らない。昔のわたしと弟の時のように・・・。そんなようなことをそれとなく伝えてみる。

 「そうかもしれない。でも同じものを読んだり観たりして自分以外の人がどんな感想を持ったのかって知りたいの。たとえそれが不十分な言葉であったとしても、どう考え感じたのかに思いをはせることができる。それは自分の世界が広がるってこと。これって実はすごいことよ。」

 なんとも大そうな話になったものだ。それよりもふと気になって聞いてみる。

 「ねえ、わたしの感想はどうなの、十分つたわっているのかな。」

 「言葉って伝えたいことが全部伝えられるわけじゃない。そんなこと当たり前よね。でもだからこそ『伝えられた、伝わった』って感じた時にこれは奇跡かもしれないってすごくうれしくなる。たとえそれが自分の思い込みや幻想だったとしても、その感情だけは本当だと思う。」

 そんなものだろうか。言いたいことはいろいろあるがとりあえずひと言。

 「少し感傷的すぎるんじゃない?」

 

 「お疲れ様でした、お先に失礼します。」

 残っている同僚に挨拶をしてエレベーターフロアへ向かう。今日は珍しく残業になってしまった。疲労困憊ですぐにも倒れてしまう、というほどでもないがそれなりに疲れている。お腹の方も空いてきた。早く帰ってご飯しよう、と気持ちは軽く足どりは少し早くなる。

 気持ちがすこし急いていたからだろうか、開閉途中の自動ドアに肩が少し触れてしまった。大した衝撃ではなかったが姿勢を少し崩しバッグを落としてしまった。落ちたはずみでバッグの口から中身が床に散乱する。

 我ながら情けない。こんなところをひとに見られたら恥ずかしいなあ、と思いながら散乱した持ち物を拾い集める。

 一通り集め終わって確認してみると何かが足りないような気がする。はて、何だったろうかと考えていると「あの」と声をかけられた。顔を上げると正面には例の彼がいた。

 「これ落ちていましたよ。」

 そう言って本を差し出してくる。

 気まずそうに「どうも」と言って受け取る。ああ、これは失敗したなあと思う。

 「あの、この本このあいだも読まれていましたよね。」

 このあいだ、というのは数日前の喫茶店での時だろう。確かに読んでいた。今日の昼休みに友人に返した後、同じ本を職場近くの書店で買ったのだ。彼が拾ってくれたのはその本だ。

 「その本、僕も読みましたよ」

 はいそうですか、と言って帰っても良かった。しかし、つい口を開いてしまう。

 「あの、どうでしたか」

 我ながらひどい聞き方だ。彼は一瞬怪訝そうな表情を浮かべる。けれどもすぐに、わたしが本を読んだ感想を聞いているのだと気づいたようだ。

 「切ない終わり方でしたね。やりきれないという思いが読み終わって湧いてきました。」

 彼は少し恥ずかしそうに続ける。

 「それから、個人的には終章一歩手前で主人公が友人から心情を告白される場面が胸に来ました。たぶん全編通してあの場面が一番心動かされたと思います。」

 心の中で何かがポンッと弾ける。

 「あの、その場面のことなんですけれども・・・」

 ひとたび口をあけると次から次へと思っていたことが言葉になって口から流れていく。拙い言葉選び、たどたどしい説明、言葉が感情に追いつかない。気持ちばかりが急いていく。わたしはこんなにしゃべるのが下手だったろうか。

 おそらく顔は真っ赤になりいつかの弟のように弱々しく不安そうな表情をしているだろう。

 大丈夫だろうかと相手の様子を窺う。目を合わせる。その表情を見る。

 昼間の友人の言葉を思い出す。「奇跡かもしれないってすごくうれしくなる。」

 「そう、僕もです。」

 目を輝かせながら口にされた彼の言葉を聞くと心の底の方が温かくなる。それと同時に顔の温度がさらに上がるのがわかる。

 わたしの言葉が彼に届く度に、それが受け取られていく度に、そしてそうやってわたしが心に描いた情景やその時の思考が彼に伝わっていく度にすごくうれしいような、それでいて恥ずかしいようなへんな気持ちになってくる。先日の喫茶店での時のように、小学校のあの時のように。

 先日の喫茶店でわたしは単に涙を流す姿を見られたからこんな気持ちになったのではないだろう。

 おそらくわたしは、自分の思考を読み取られたと感じたとき直感的にこんな気持ちになる。なぜだろうか、昼間の友人との会話の中でこんな気持ちにはならなかった。相手が異性だからだろうか。たぶん違う。その答えをわたしは知っている。

 いまはっきりと思い出した。小学校のあの時わたしは手紙を書いているところを見られたのだ。それも当時好きだった男子に。

 たぶんその感情を認めなくないからあの時の男子に手を出したのだ、失敗したと思ったのだ。

 ああもう本当に、この今の恥ずかしさとか嬉しさとかいろいろなものが混じり合った気持ちを抱えてここから今すぐ走り出してしまいたい。